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世界の全ての罪は自分に責任があるという考え

ドフトエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』において、「世界の全ての罪は自分に責任がある」という考えが繰り返し出てきます。
この考えの、起源や影響について参考になるご意見を教えてください。
聖書においては(もちろん起源と言えばそれが起源でしょうけれども)、私のイメージでは、明確に書かれてはいなかったかと思いますし、その後の教えにおいてそこまで強調されているものでもないと思うのですが。
ヤスパースの『贖罪論(die Schuldfrage)』などでは宗教レベルの罪において多少は触れてたかもしれません。
レヴィナスにおいては、類似はすると思いますが、そのような漠然と一般化されたような形では、あまり表現されているのを見た記憶はありません。

※一応、個人的には、この表現は今の時代まで下った段階においては、かなり一般的に知られたコンセプトになっていると思いますが(それがこの本の圧倒的な影響によるのか、あるいは前後に他の影響者があったのか、詳細はわかりませんが。それがこの質問の趣旨ですが)、誤解を招きやすい表現ではあり、自己修養の道においてはむしろ間違った風に真意を解釈されやすく、その意味では適切ではないと思っています。それ自体にある種の真理が含まれることは事実だとは思いますが。

投稿日時 - 2018-11-11 01:06:56

QNo.9556631

困ってます

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回答(2)

ANo.2

セイキンとヒカキンの狛犬ポジションホテル動画がd手来たのは
カラマーゾフの兄弟ということでh層化。

毎日レトルトだのキヨだの
女がらみで煽れれるてはプレゼントだの

イライラいなんなの。
みんな元気にランクしてウrのですね。

ドストエフスキーの法はs裏面が
イエスキリストと関係有るんどえh層化。

投稿日時 - 2018-11-11 22:38:47

ANo.1

まったく素人の思い付きですが、この世界ではすべてのものがつながっているものだと言う事ではないでしょうか。これは支配欲の裏返しなのかなとも思います。自分の影響力がゼロに等しいと認識することは自分の存在理由がないと言う事におなります。

投稿日時 - 2018-11-11 02:54:07

お礼

誠にありがとうございます! 確かにそのフレーズも、近いところで出てきたと思いますので、非常に関連性が深いと思います。
個人的な意見ですが、支配欲というと誤解を生じる可能性があるかと思いますが、本質的にはそういったものだと思います。(良きにせよ悪しきにせよ)影響を与えたいという欲望は、かなり本質的なものであり、本来の形ではかなり健全で善なる影響を与えたいという欲望なのですが(また、それが可能であることを確信しているだけで、充分健全なのですが)、それが無い状態、それを否定し始めるレベルの先に死があると思います。
責任の問題と、影響力(→コントロール)の問題は、深い関係にありますから。

投稿日時 - 2018-11-11 10:58:54

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