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Jesusさまは弟子や人々に厳めしかったか?

イエス・キリストは多くの信者がおります。
イエス・キリストは多くの信者やその他の人々に対して、或はその人々にとって
厳めしい人だったでしょうか?
それとも優しく、柔和で温かい人であったでしょうか?
聖者さまって厳めしいのでしょうか?

投稿日時 - 2018-10-14 10:50:56

QNo.9547466

困ってます

質問者が選んだベストアンサー

厳めしいというのは違うと思います。
私が本を読んだ受け売りですが、イエスを一言で言うと「怒れる人」です。
信仰上はとこもかく聖書学によると怒りっぽい人だったようです。
特に社会に対する怒りです。

キリスト教には4つの福音書があります。その最も古いと言われるマルコではイエスはいろいろなこと怒っています。しかし後代に著述された言われるルカでは同じような内容の記述箇所で「怒る」表現が削除されています。

最初は怒りっぽい性格だったキリストが時代を経て次第におだやかで柔和な人へと修正されていった様子がわかります。そりゃあ「教祖が怒ってばかりじゃ、布教を考えたらまずい」と後代の信者が思ったのでしょう。

キリストは社会の変革者ですから、その怒るという性格が、社会に対する革命・反逆という意味では必要な性格だったと思います。ただ、その一方で社会的な弱者には温かいやさしい気持ちも抱いていたと思います。

もし興味があれば以下の本をお読みになるといいと思います。

バート・D・アーマン著 「捏造された聖書」
田川健三著 「イエスという男」

投稿日時 - 2018-10-14 19:03:32

補足

孔子とは誰のことか思いきや、
おらが隣の丘のことか

なんて戯言がありますが、普通のやさしい接し方をしたのかどうかの
疑問でした。威厳などは意外になかったかなぁと。

投稿日時 - 2018-10-15 08:40:19

お礼

ありがとうございます。
三十数歳で十字架の人となったイエスももっと全般ではやはり、革命の指導者として激越な面もあったのでしょうね。
そして徐々に柔和になって、非凡な凡人。
よく分かります。ありがとうございました。

投稿日時 - 2018-10-15 08:34:54

ANo.2

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回答(3)

ANo.3

信じる事でしょうね
イエスは、弟子達に 7の70倍許しなさい と言っています
ペテロに対して、サタンよ去れ とも言いました

神の愛を信じるか、その罰を信じるか 貴方しだいです
太宰治の人間失格では、愛を信じられず 罰のみ信じた男の話です

投稿日時 - 2018-10-14 23:34:36

お礼

ありがとうございます。
質問は、風貌やあたりが威厳接するような人だったかなと
思っていましたが、普通にやさしい口調の普通の人のようですね。

投稿日時 - 2018-10-15 08:30:45

ANo.1

教祖様というか宗教家なのですから、人々に優しめなのは当たり前のことです。真実の話かどうか確かめる術はありませんが、病気の人をたちどころに治したとか、死んだ人を蘇らせたという伝説があります。他にもパンや魚を増やしたなんて話もありますね。

イエスさんのお弟子さんの中では、十二使徒と呼ばれる特別扱いされるお弟子さんがいらっしゃいますね。ただ彼らがイエスさんの生前中にどれだけ特別扱いだったかはわかりません。彼らの存在が聖書にまとめられるまでには300年くらいかかっているからです。
ただこのお弟子さんたちは我々に近いかなり俗っぽい人々だったらしく、イエスさんが出世したら誰が一番弟子なのかとかで弟子同士でケンカしていますし、なにより師匠であるはずのイエスさんが逮捕されるとそれまで「死ぬのも怖くないぞ!」とかいってたのに見事に雲消霧散してしまいます。ペトロなんて「お前、イエスの弟子だろう?見たことがあるぞ!」と迫られると「違う!人違いだ!」といったほどでした。弟子で裏切り者というと(イスカリオテの)ユダが有名ですが、みんな師匠を見限って逃げたんだから五十歩百歩です。

そんなお弟子さんたちですから、イエスさんもときどき「お前たちは(奇跡を)見ないと信じない」とか嘆いたり怒ったことがあります。

なお、イエスがユダヤ教の歴史において画期的だったのは「愛」を説いたことでした。それまでユダヤ教の宗教指導者たちはいつも「神はお怒りであられる!」と説いていました。実際、ソドムとゴモラという街を焼き尽くして死海の底に埋めたり大洪水を起こしたり、しばしばいうことを聞かない人間にお仕置きをしました。だから、「神様のいうことを聞かないと、またお怒りになって罰が下される!」と説いたのです。
それに対してイエスは「神様はお前たちを愛しておられる。だから悔い改めれば許されるのだ」と説いて回ったのです。なのでイエスは神のことを「アバ(父ちゃん)」と呼びました。「父上」でもないんです、おとっつあんなんです。
そのイエスの有名な説教が「山上の垂訓」てやつですね。心の貧しい人も、悲しんでいる人も、柔和な人も、迫害されている人もみんな幸いなのだと説きました。みな同じように神様は愛しているのだよとね。これを「福音(良い知らせ)」といいます。

投稿日時 - 2018-10-14 14:55:56

補足

個人的な人当たり、接し方ではどうだったろうかという思いからの質問でした。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2018-10-15 08:38:00

お礼

私自身は教会のクリスチャンではありませんが、キリスト教の神髄的教えを詳細に展開されての納得できるご回答にとても感謝します。
ありがとうございました。

投稿日時 - 2018-10-14 16:38:26

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